「僕らが毎日生活している場所って、駅前とかそういう場所じゃなく、こんな田んぼの真ん中とか畑のそばとかそんな何もない場所なんですよね。だから、そういう生活の普通の場所に『音楽』が届けられる、それを実現したかった」渡辺泰


撮影=nami.a


―――山口洋のソロツアー「on the road, again vol.4」がスタートしました。

第一クールは、海辺の新潟(8月7日)、田んぼと畑の真ん中にある高岡(8月9日)、市場の入り口にある金沢(8月10日)というそれぞれ特徴のある会場。
今回は、「音楽のある場所」(=land of music)を作るべく、富山県高岡Cafe POULOWNIAでのライヴを主催した渡辺泰さんにインタビューしてみました。ヒートウェイヴ「PRAYERS ON THE HILL」の歌詞に出てくる「千のガーデン」とは、Cafe POULOWNIAに隣接するバラ庭園の風景なのかもしれないのです。
山口洋が高岡を訪れたのは2006年2月の「on the road, again」最初のツアーですよね。そのときの山口洋の感想がこちらに記されていますが、渡辺さんは2000年9月に富山県黒部での雷雨の中での山口洋ライヴ(→フライヤ)を、「ホタルイカ友の会」の一員として企画して、それから5年間ずっと再び富山県山口洋ライヴを行なうことを構想していたそうですね。
〈W君の仕切りは5年に渡って構想を練ってただけあって、完璧だった。地元に、音楽を愛する店が田んぼの真ん中にあって、いろんな人達がやって来て、美味しいものを飲んだり食べたりしながら、音楽を愉しむ。それは書けば当たり前のことなんだけど、なかなか難しいんだよ〉山口洋も初めての高岡ライヴでの素晴らしさを感嘆していますが、渡辺さんが2000年以来、山口洋のライヴを高岡で実現させようと意思を持ち続けたのはどうしてなんですか?


渡辺泰 僕は「land of music」という言葉と出会う前に、自分の町に人が音楽を楽しむ場所を作りたいと考えていました。僕の周りや知る限りでは、ここ富山県では、年齢とともに、家族や子供をもったりして、仕事に追われたりして、それだけが理由じゃないだろうけど、どんどん音楽から離れ、今ではほとんど音楽なんて聴くこともないし、まったく無縁な場所で生活している。それは富山だけじゃないと知ったのはずいぶん後からの事です。
音楽の場所を作るならば、そういう人たち、もしくはそんな生活の中でも音楽を愛する人たち、が集まる場所にしたかった。併せて、せめて自分が出会った人たちくらいは元気にできないか、と。
そこに人が集まる仕組みのアイデアも準備も自信もあったけど、ここ高岡だと、音楽は好きでも、ライヴなんて観たことない人も多くくるだろうし、その人たちは大人だから、満足させるための「本物」のミュージシャンである事と、ヴィジョンを理解してくれるだろう人物性をもった方をと考えてました。
それには山口洋さん以外には考えられませんでした。自分の好みをゼロにしても。この選択は、現在でも正しかったと思っています。
高岡でも駅前や繁華街にもいいライブハウスがあります。でもなぜ、郊外で、駅からも遠く、周りには何もない、田んぼの真ん中のカフェを会場に選んだのかというと、実際、僕らが毎日生活している場所って、駅前とかそういう場所じゃなく、こんな田んぼの真ん中とか畑のそばとかそんな何もない場所なんですよね。だから、そういう生活の普通の場所に「音楽」が届けられる、それを実現したかった。
2007年に富山県初登場の花田裕之さんが、MCで「長い間、音楽生活を続けてきましたが、田んぼの真ん中で歌うのは初めてです」という名言を残しました。


―――その後、山口洋は「on the road, again vol.2」で2006年9月に高岡を再訪、「on the road, again vol.3」での2007年8月のライヴ、リクオさんとのツアーで2007年12月のライヴ、そして今回のライヴと、すっかり高岡づいています。どうも毎回、高岡の美味しい寿司を食べるのも山口洋の楽しみらしいのですが、彼はどんなネタを好んで食べているのですか?


渡辺泰 山口さんは鮨の楽しみ方を知っている紳士だと思います。彼は「トロ!」とか「ウニ!」とか言いません。昆布じめのヒラメとか、今回はこの夏の季節に、脂の乗り加減が絶妙なアジでした。ちなみにダイアリーの鮨の写真のネタは富山のばい貝です。
鮨屋でのエピソードをもうひとつ。僕は仕事柄、接待などで、目上の方をもてなす機会もある。お支払いに関しても、スムーズにこちらで解決する事に慣れているつもりでいた。2006年2月にライブ後、初めて山口さんを連れて行き、お世話になったから、お支払いを全部僕の方で済まそうとしたその時、予想もしない事を言ってきて。「ルー・リードと食事した時でさえ、彼は自分の分は自分で出す。なんで人に出してもらうんだ?と云ってきた。ルーリードさえそうなんだから、オレが君にご馳走になるということはない」と。ホント、この人は、イチイチ格好いい。



―――「生活の中に音楽を。地方都市にも音楽を。」という言葉が、会場のCafe POULOWNIAのホームページにありますが、以前、このサイトでインタビューした埼玉県入間のMUSIC CAFE「SO-SO」オーナー夫妻の奮闘にしても、それは簡単なことではないと思いますが、渡辺さんはこういったライヴを主催していちばん喜びを感じるのはどんな瞬間ですか?


渡辺泰 僕は打ち上げ花火みたいな1回きりのものって、魅力を感じないんです。いつまでも続いていくものに魅力を感じます。このシリーズもおかげさまで今回でVOL.10を迎えました。その後も来年春まで順次決まっています。いまでは山口洋さんだけじゃなく、近藤智洋さん&ピロくん、リクオさんやザ・プライベーツの延原達治さんや花田裕之さんが、主旨を理解してくれて、それぞれのスタイルでここに音楽を届けてくれる。
会場は音楽を楽しむ人たちで、毎回、満員に溢れる。来てくれる人たちは、山口さんが来た時はもちろん、僕が初めてこの町に紹介するミュージシャンのライヴでもこのイベントの主旨と僕らを信じて、音楽を愉しみに来てくれる。次を楽しみにしていてくれる。そうなればと描いていた事だし、それが根付いてきたことが一番の喜びです。
だけど、「さぁ、ここにいろんなミュージャンをどんどん呼ぼう」とは考えていない。いま来てくれているミュージシャンが、1年に1回でもいいから、「今年もまたやってきました」と音楽を届けてくれ、同じお客さんたちが「待ってました」と歓迎の拍手で彼らを迎える場所。ここに音楽が根付くってそういう事だとも思います。
前回はエコロジーのイベントや知的障害者の子供たちのイベントに参加し、一緒にセッションして歌う地元のジャズの女性シンガーとジャズ・セッションを。今回は、母であり、地元で子供たちにピアノを教える先生とロッキンなセッションをしました。それぞれどれくらいプロフェッショナルなセッションだったかは会場にいた人は知っています。ピアノの先生とのセッションの選曲は「テキーラ〜PRAYER ON THE HILL〜DO THE BOOGIE」のメドレー。会場はとうぜん爆発的に盛り上がったのですけど、山口さんからのアドバイス「頭で考えるな」と、1回きりのリハで彼女は山口さんを信じて、本能に任せて、自由自在に鍵盤を弾く。演奏中の彼女の表情は女神のように美しかった。地元の子供たちのピアノの先生が、あの山口洋に真正面からぶつかり、共鳴しあう光景。これも僕がやりたかった、ここでの「生活の中に音楽を」のひとつの光景です。
映画のハッピーエンドは一度きりしかないけど、人生には何度もあるし、生活の中にはもっと何度もあるはず。このシリーズのひとつひとつの夜にも来てくれた人にとってのハッピーエンドがあれば、と僕の立場で願っています。
シリーズテーマである「地方都市にも音楽を」「生活の中に音楽を」は、言葉にしたら何だかカッコいいけど、僕らの願いの言葉です。
でも、この前のこのシリーズでのライヴで、延原達治さんが(もちろん、これは彼なりの愛の言葉ですが)「オマエラ、地方都市とか云って威張るんじゃねぇよ。もう、日本全国、何処だって一緒だよ!!」とMCで云っていましたが、それもそうだなとも思います。
規模を大きくしていこうかとかは考えないです。このままのスタイルで「継続」を第一にと考えています。「継続」は山口さんや来てくれているミュージシャンとフェアな関係を創れる事であり、シリーズに協力してくれる人やスタッフへの僕ができる最大の恩返しだと思っています。