「『the Rising』のデザインは、ヒートウェイヴというバンドが持つ『熱さ』とは違った位相を持つ、独特のクールなスタンスに貫かれていると思います。黒い芝生の奥底で魂が熱く焦げているみたいな」下山ワタル



フライヤ・デザイン=下山ワタル


―――ボックスセット『land of music "the Rising"』アートディレクターにして、ライヴでは映像も手がけた渡辺太朗さんと、それに内包されていた山口洋ダイアリー本「Days of "land of music"」のデザイナー下山ワタルさんへのインタビューです。
こちらのインタビューにもありますが、渡辺太朗さんがヒートウェイヴと関わったのはデザインではなく映像が先なんですよね。その経緯と、初めて山口洋に会ったときの印象を教えてください。
下山ワタルさんは、ヒートウェイヴのファンジン「東京地獄新聞」のデザインを1998年第54号から約4年担当したり、アルバム『日々なる直感』(1999)や、ベストアルバム『LONG LONG WAY-1990-2001-』のジャケットをデザインしていますよね。すでに10年以上の付き合いがあるわけです。もちろん各作品ごとにテーマは違うと思いますが、ヒートウェイヴのデザインで下山さんの中で通底しているものがあるとすればそれは何ですか?


渡辺太朗 初めて山口洋さんと会ったのは、2003年の1月、『TOKYO CITY MAN』などのデザインを手がけたグラフィックデザイナーの駿東宏さんと、カメラマンの松本康男さん、そして山口さんの3人からなるユニット「PoST」が主催した、映像と音楽を融合させたイベントに参加した時でした。その時の山口さんの第一印象は「ちょっとコワイ寡黙な人」だったのですが、だいぶ間違えてましたね(笑)。

その頃、僕はnanaco佐藤奈々子)さんのバンドでライヴVJをやっていて、そのステージを観た駿東さんからイベントに誘われたのですが、実はヒートウェイヴの音楽については何曲か知っている程度で、ほとんど知りませんでした。ただ、その時に駿東さんから『Eagle Talk』を貸してもらって、とても気に入ってよく聴いていました。

イベントには、かねてから目を付けていた宮崎幸司君(ライヴDVDの監督)を誘って、映像チーム「Restricted.」として自分たちの作品をプレイしたのですが、それとは別に、イベントの最後に、山口さんのギタープレイと映像でセッションさせてもらいました。

松本さんが撮影した森や湖などの自然の風景や、東京の街並みや人々などの映像を、その場でミックスしながらプロジェクターで映写して、その映像を見ながら山口さんがグレッチを弾くという完全な即興スタイルでしたが、その時の山口さんのギタープレイはとてもパワフルで、僕はそれに圧倒されつつもワクワクしながらVJを楽しみました。

終演後、少しだけ山口さんと話をした時に、「キミの映像は『寸止め』やね」というようなことを言われたのを覚えています。この時には「歯に衣着せずに思ったことを言う人」に印象は変わっていました(笑)。

山口さんとはその後しばらく関わりがなかったのですが、突然「Still Burning」のPV編集の依頼が来て、山口さんの心に何かひっかかるようなことができたのかな、と思えてうれしかったです。


下山ワタル ヒートウェイヴの仕事に関わるようになったのは、ちょうどぼくが編集者からデザイナーに転向してまだ間もない時期でした。彼らが所属していた音楽事務所の社員だったという境遇はあったにせよ、経験の浅かった自分に、シングル『ノーウェアマン』とアルバム『日々なる直感』のデザインを丸ごと任せてくれたこと(ダイアリー本「Days of "land of music"」の編集を担当した杉山君との共同アート・ディレクション)自体が、いま思えばスゴイことだったなあ、と思います。

いきなりこんなこと言ってしまって恐縮なんですが、ヒートウェイヴはそれまで自分の好きだった音楽の全く対極にいるようなバンドでした。当時好んで聴いていたのがピチカート・ファイヴ渋谷系のバンドだったといえば、少しは理解していただけるか、と(笑)。ぼくの回りにはとりわけヒートウェイヴの熱烈なファンがたくさんいて、正直理解できないというか付いていけないというか……はっきり言って「苦手」なバンドでした(笑)。「酒をくらって、熱く説教を垂れている」みたいなイメージを勝手に持ってたんでしょうね。実際、アルバムのデザインをすることが決まってから初めて対面したアイリッシュ酒場で、したたか酔った山口さんに絡まれたこと、いまでも覚えてますし(笑)。でも仕事を通して、山口さんの詞や音楽や人物に深く触れることによって、その評価が180度ガラッと変わる瞬間が訪れてから、ヒートウェイヴのことが本当に好きになりました。

そんなわけで、ヒートウェイヴ関連の仕事でいつも心がけてきたのは、客観的な視点から、彼らのファンがバンドに対して抱くであろう「熱さ」とは異質のベクトルを持ったクールなデザインに徹することでした。ファン目線の熱いミニコミだった「東京地獄新聞」のリニューアルに始まって、どれだけ自分のカラーにヒートウェイヴを染めていくか。ときには一見ミスマッチに思えるようなことも、積極的にぶつけていきました。毎回毎回がある種の(一方的な)ケンカであり、実験でした。結果的にそれが一時期のヒートウェイヴのカラーになっていったのは嬉しいことだったし、いま思えばそれも、山口さんをはじめとするみんなの懐の深さがあればこそ、だったんでしょうね。


―――おふたりともヒートウェイヴ以外にも数多くの仕事をされてますが、ヒートウェイヴとの仕事の特徴は何と言ってもレコード会社や事務所のスタッフが介在せずに、山口洋と直接アイデアの交換で進んでいくというスピーディーさですよね。ミュージシャンとしてではなく、クライアント山口洋について思うこと、エピソードなどありましたら教えてください。


渡辺太朗 制作クライアントとしての山口洋は、ミュージシャン・山口洋と何の違いもない、というのが僕の印象です。山口さんは、バンドで活動しているのと同じようなスタンスでものづくりをしているように感じました。ものづくりの方法もセッションなんです。

『the Rising』に関して言えば、そもそもこのようなパッケージで発売する予定なんてまったくなくて、当初はツアー「land of music」のライヴで映像を流したい、という話だけでした。そのライヴVJについても、リクエストらしいリクエストはまったくなく、以前のインタビューで山口さんが言っていたように「任せた。あとは好きにやってくれ。よろしく」といった具合でした。

それで、ツアー「land of music」が終わってしばらくしてから、ライヴDVDの監督・編集を僕らがやるという話が出てきて、だったら、ダイアリー本も入れればアルバムプロジェクトからの流れもわかるし、「land of music」の集大成としてパッケージをつくろうということになって……まあ、悪く言えば「行き当たりばったり」なわけです。

たぶん、フツウのビジネス的な考え方としては、ツアーの前から、ライヴをDVD化してそれをいくらで何部売って利益がいくら出て……というような計算があって、そこまでを含めたパッケージが「ライヴツアー」というような考え方なんだと思いますが、ヒートウェイヴの場合はそんな計算ができる人はいないし(笑)、ホントに信じられないくらい行き当たりばったりで。

でも、そういう行き当たりばったりの「勢い」みたいなものが、時には大事だったりするんです。『the Rising』のパッケージには、ある種の「熱」のようなものを閉じこめることができたんじゃないかと自負しています。それは、行き当たりばったりの勢いでつくったからこそ成し得たものなんだと思っています。

パッケージのデザインについても映像と同様に「任せた。よろしく」だったので、進行はスムーズでした。デザインのプレゼンで、芝生の写真のプリントアウトを見せて、「LPサイズにして、表にはHEATWAVEもthe Risingも入れません」と言った時は、さすがに却下されるかとも思いましたが、一緒に面白がってくれて、一度任せたと言ったら本当に任せるという姿勢に男気を感じました。これは本当に勇気の要ることだと思います。


下山ワタル とにかくメールへのレスポンスが異様に速い(笑)。このことが山口洋という人物、ヒートウェイヴの仕事の本質をよく物語っていると思います。クリスタル・クリアー。悩んだりあれこれ考え込んだりする隙を与えることなく、山口さんとの仕事は常に最終到達地点に向かって真っ直ぐに進んでいきます。「仕事」というよりも、リスペクトという名の気持ち良い風が吹く芝生の上で、みんなで自由にボールをパスし合っている感じ。『land of music "the Rising"』もそんな楽しいゲームのひとつでした。


―――今回の『land of music "the Rising"』では全体のディレクション、デザイン、ライヴDVDの監修を渡辺太朗さんが担当し、下山ワタルさんがダイアリー本「Days of "land of music"」のデザインを担当しました。
渡辺さんは、「リアリティーとファンタジーがテーマ」とおっしゃってました。下山さんは、ダイアリーに頻出する「エスポアール」(希望)という言葉に「特別な思いを込めてデザインや写真のセレクトに関わりました」と話していました。ここで、デザイナー同士、お互いのデザイン、コラボレーションについてコメントをお願いします。


渡辺太朗 ツアー「land of music」の東京公演でライヴVJをやった時、自分で言うのもなんですが、時おりミラクルでファンタジックな瞬間を感じることができました。その時、リアリティとファンタジーは、一見正反対のようで、実は同じベクトルにあるものなんだと感じたんです。ウォルト・ディズニーの映画みたいな絵空事のファンタジーではなく、汗にまみれた日常の中で、時たまキラリと光るファンタジー。それを表現しているのがヒートウェイヴの音楽なんだと思いました。行き当たりばったりの勢いの中でつくられた『the Rising』でしたが、その「リアリティとファンタジー」という核は、僕の中ではずっとブレずにありました。制作過程では想定外なこともたくさんありましたが、パッケージデザインの出来としては、ちょっとした「はみ出し感」も含めて満足のいく出来になったと思います。

『the Rising』では、パッケージデザインを僕が先行して進めていたので、下山さんには申し訳なかったのですが、ダイアリー本の装丁は、僕が先に決めさせていただきました。本来、装丁は本文のデザインとあわせてトータルで考えるべきものですので、本文のデザインを担当された下山さんは大変だったんじゃないかと思います。

本の見本ができあがった時は、思ったよりも装丁と本文にデザイン上のギャップがなかったのでホッとしました。文章と写真のバランスや写真のセレクトなどが、これまで『Rock'n Roll Diary』やジャケットデザインなどで培われた下山さんと山口さんとの関係ならではの良い雰囲気で、素晴らしい本になったと思います。

下山さんの事務所にお邪魔した時に、いくつか下山さんの手がけたデザイン作品を見せていただいたのですが、下山さんのデザインには、僕の中にないものがたくさんあってとても面白かったです。こういったコラボレーションをすることはなかなかないので、楽しい経験でした。


下山ワタル インディーズなどで予算が少ないことがあらかじめ分かっているときの作品制作って、値段を安く抑えよう、とか、規定のフォーマットの枠内で、みたいにどうしても小さくまとまってしまいがちなんです。今回の『the Rising』の渡辺さんのデザインのように、LPサイズの特殊パッケージ、特殊印刷のオンパレード、おまけにエコバッグも付けて……と、あえて大きく枠をはみ出した逆の方向に向かっていくのって、本当に勇気がいることなんですよね。スゴイなあ、見習わなくちゃ、と素直に思います。それにゴーサインを出す山口さんもスゴイんですが……。

「熱」を閉じ込めた、というふうに渡辺さんは言ってましたけど、まさにその通りで、『the Rising』のデザインは、ヒートウェイヴというバンドが持つ「熱さ」とは違った位相を持つ、独特のクールなスタンスに貫かれていると思います。黒い芝生の奥底で魂が熱く焦げているみたいな。映像についても同様です。それはぼくが最初に述べたようなクールなデザインとも通じるものだと感じていたので、今回の渡辺さんとのコラボレーションには全く違和感がなかったです。佐野元春ファン、ドナルド・フェイゲン好きなところも似ているんでしょうか……今度呑みにでも行きたいですね。