「インディペンダントだから『出来ない』んじゃなくて『出来る』ことをやり切ろうと。いや、やってみせよう、と」山口洋


2008年1月27日、渋谷Duo Muisc Exchangeにて。撮影=山口洋


―――TOUR "the Rising"最終日、1月27日、渋谷公演では、ライヴDVDとして今回の『the Rising』に収録された2007年4月の恵比寿公演と同じく、映像チーム「mood.films」宮崎幸司さんと渡辺太朗さんが、バンド背後のスクリーン映像を担当しました。演奏にシンクロして風景や歌詞のフレーズを効果的に生でミックスし、音楽にさらなる深みと刺激を与えていったこの映像や、ツアーについて、渡辺太朗さん山口洋さんに訊いてみました。
昨年4月のツアーで映像を担当したのがヒートウェイヴとのライヴでの初のコラボレーション。その映像をDVD化するにあたって編集したこともあって、今回のライヴには準備も対策も前回より余裕がありましたか?


渡辺太朗 いや、実はまったく逆で、とにかく『land of music "the Rising"』の制作に取りかかりっきりで、今回のライヴ映像を考えてる余裕はなかったです。仮に考えたとしても、どんなライヴになるか想像もつかないし。なので、準備はまったくなく、最終的な演奏曲目も本番10日前に決まるという有様で、新作映像はけっこう大変でした。ただ、去年の恵比寿でのライヴ〜『the Rising』制作という流れの中にいたことで、精神的な準備はできていたので、映像の方向性は自ずと決まってましたから、その点では前回より楽でした。
実は去年、ツアー“land of music”でVJの話が来たときは、「HEATWAVEのようなバンドのライヴに映像は必要なのか?」と、正直少し悩みました。それでもやってみて、たくさんの人が「良かったよ」と言ってくれて、自分たちの考え方、やり方はOKだったんだと思いました。ライヴはあくまでもバンドと、その場で奏でられる音楽が主体だと思っていますが、それに映像を絡ませることで、バンドと音楽の魅力を増幅させるような映像表現になるように心がけています。オーディエンスはそれぞれの曲に対して、それぞれ自分の風景を持っているので、そのイメージを壊さず、心象風景を引き出すフックになるような映像になっていればいいな、と思っています。その点では、今回は「TOKYO CITY HIERARCHY」「僕は僕の歌を歌おう」「満月の夕」といった曲でうまく表現できたのではないかと思っています。
「TOKYO CITY HIERARCHY」は、実は僕がリクエストしてセットリストに加えてもらいました。映像チーム「mood.films」は全員東京の人間なので、この曲に対するある種のアンサーとして映像をつくりました。山口さんは演奏してたから見てないでしょうけど(笑)。


山口洋 ライヴで映像を使うってのは、とっても危険なのね。特にうちのバンドみたいに、ステージと客席の宙空に絵を描くように演奏しているバンドにとってはね。でもね、何度か別の現場で「mood.films」の連中と一緒にやってみて、「こいつら何者じゃー」と思ったのね。ある種のミュージシャン同士が音楽で響き合うみたいに、彼らとは映像でそれが出来るんだ。だから、何も云わなかった。俺のいつもの汚い手なんだけどね(笑)。何も云わないの。おまけに事前のリハーサルなしの一発勝負。俺は前(観客)を向いてるから(背後のスクリーンは)見えないし、本番前にあらかた素材だけ見せてもらって、「多分奴らはこうやってんだろーな」と思いながら演奏する。でも客席の表情は観てるからね、漠然と分かるんだ。今回はすんばらしい瞬間も多々あっただろうし、多分ちょっとハズしてもいると思うよ。彼等。でも、それがいいんだ。俺たちはパッケージ・ショーじゃないんだから。彼等ともセッションしてるんだよ。そんなことが出来る連中、居ないよ。彼等、そのうち大物になると思うけど、いつまでもヒートウェイヴとはやってもらうから。しつこいですから、俺。へへ。


―――開演前も終演後も先行発売の『the Rising』を求めて会場内には長い列ができていました。ライヴDVDを担当し、全体のアートディレクションを務めた渡辺さんとしてはこのツアーでついに(先行)発売になったことについて、実際に手にとってくださったお客さんたちを見て感慨も大きかったでしょう。山口さんは各地で購入者の『the Rising』にシリアルナンバーをひとつひとつ描いていったんですよね。


渡辺太朗 渋谷で、開演前に物販コーナーの列を階上のVJブースから見ていて、やっぱり胸にグっと来るものがありましたよ。一年間、丹誠込めてつくってきた果実が、いよいよ収穫されてるような感じでしょうか。隣にいたライヴDVDの監督の宮崎君に「君の作品を並んで買ってるよ」と言ったら泣きそうになってました(笑)。まあ、実は僕もですけど。それに、このプロジェクトの大功労者の越智望さんや、パッケージの印刷を取り仕切って素晴らしい仕事をしてくれたネクサスの上田修一さんが、頼んでもいないのに販売を手伝ってくれている姿を見て、この時代に、こんなに素晴らしい「連携」があることに感動しました。アルバムプロジェクトに始まった、『land of music』の一連のムーブメントは、こういった関わった人たちの「連携」によって成し得たものだと思います。


山口洋 さっきの応えとも繋がるんだけど、俺は信用かつ信頼してる人間には何も云わないのね。日本中で『land of music』を見つけて、そこから先の流れは、本当に流れに任せてみたんだ。みんなで好きなようにやろうぜって。だんだん肥大化 -- うーん、言葉が適切じゃないな -- 巨大化だ -- する作品の量に、コストの面でかなり目眩もしたけど、インディペンダントだから「出来ない」んじゃなくて「出来る」ことをやり切ろうと。いや、やってみせよう、と。みんなの情熱に支えられて、動かされた。感謝してるよ。働いたお金で、この作品を手にしてくれた人々の日々の中、どんな風に響くのか、とても愉しみにしてるし。感想はクリエイターたち、関わってくれたスタッフにフィードバックしたいと思ってる。それがみんなの明日へのやる気を紡ぐのなら、音楽って素晴らしいじゃない?


―――細海魚さんは突然この夜、「プロフェッサー」の称号が付けられていましたが、ツアー中なにかそう呼ばれるようなエピソードがあったんですか?


山口洋 別に意味はないんだけどね。ふと湧いてきたんだ、頭の中に。彼の存在は絶大なんだよ。今のバンドの中で。次のトリオのシリーズを観てくれれば分かると思うけど、ほぼ違うバンドになるんだ。彼が居ないと。いいとか、悪いとか、そんな意味じゃなくて。
とんでもなく古い楽器に独自の回路と配線を施して(自分で作ってるんだぜ)、2008年、彼にしか出せない音を出す。かと思えば、コンピューターに日々のノイズを取り込んで、それに音程をつけて(未だにどうやってんのか、俺には不明)エレクトロニクスを操り、突然ノリノリになって客席を手拍子で煽り、髪振り乱してアコーディオンを弾く。俺の中ではガース・ハドソンとジム・オルークを足して、和風の味付けをして、まだ足りんから、「プロフェッサー」なんだろ、多分。