「プロジェクト全体から感じた何かにみんなが反応して、誰が言い出すともなくもっと高い到達点があるんじゃないかという気運に支配された結果という感じです」細海魚


2007年4月22日、東京LIQUIDROOM ebisuにて。撮影=岩佐篤樹


―――ヒートウェイヴのキーボーディスト。そしてレコーディングにおいてはミックスやマスタリングという作業でも活躍する細海魚。ヒートウェイヴの音のマエストロ。
細海魚さんというとヴィンテージからハイテクまで、機材、ケーブルに囲まれた「音楽職人」的なイメージがあります。そんな魚さんにとって、アルバム『land of music』でのレコーディングやミックスが行われた小淵沢阿蘇といった場所は、いかにもスタジオ然とした都会のスタジオと比べて、機材の移動や音の環境などで大変な事の方が多くはなかったのですか?


細海魚 もうだいぶ前からですけど、機材(録音機材全般)がすごくコンパクトになったじゃないですか。なので機材の移動が特別に大変ということはなかったです。「楽器」の移動の大変さは、スタジオには関係なくいつものことだし、まあ大変なのはマネージャーの堀田さんなんですけど(笑)。ウソです、みんなで運びますよ。
僕は、「いかにもスタジオ然とした都会のスタジオ」を使って録った音が特に好きというわけではないので、今回が別に大変とは思わなかったし、問題も感じなかったです。たぶんみんなもそうじゃないかな。ロケーションの良さとか、「ゆるさ」とか、やりたい時にやれる気楽さとか、どこにでも(機材を持って)行って録音できちゃうフットワークの軽さとか、そういう、「リラックスしつつ集中!」みたいなことの方が、メリットとして大きかったかな。到達したい地平があって、スタジオや機材はそこに行くためのツールだから。
高級な機材やスタジオを使うこと=自分たちが満足できる音楽というわけでは全然ないし、その時創っているモノにもよるんだけど、そういう場所で録ったクリアすぎる音が、表現したいこと、詞や音楽の世界とかをスポイルすることもあるし、そういうことの方が多いかも。今回のドキュメンタリーDVDにも入ってるんだけど、都内のスタジオでも録ってみたら、すごく高級感ある音質になっちゃって、高級感あふれる音自体が悪いということじゃないんだけど、その曲の世界とかけ離れてしまって、修正するのに時間がかかったりしました。


―――レコーディング終了後も細海魚さんと山口洋さんとは都内のそれぞれの作業場でのミックス中、インターネットを介しての意見のやりとりが頻繁にあるそうですね。また、山口さんの煮詰まりを細海魚さんが一気に解決する様は、「怪傑魚さん」と評されていますが、ライヴやレコーディングといったファンにはなかなか見えないこういった部分ではふたりはどういった作業、やりとりをしているんですか? 


細海魚 最初に音楽の土台部分になるベーシック・トラックをみんなでレコーディングするんです。それは、実際に音や演奏でアイデアを出し合うというか、いわゆる「ジャム」で創り上げてく感じなんです。お互いの音を聴いていい意味で影響したりされたりして、自分はどんな風に演奏しようかとそれぞれ詰めていって、最終的にベーシックを完成させるという感じです。
そのベーシックが録れて土台ができたら、次はその上に音を重ねていく「ダビング」という作業になって、ここからは主にヒロシくん(山口洋)と僕の作業になっていきます。ベーシックがグルーヴやスケール感など、ある意味ダイナミックな作業だとすると、ダビングはけっこう緻密で繊細な作業です。
基本的に思いついたことは全部試してみるので、できあがるまでにはかなり試行錯誤があります。何日もかけて重ねた音を結局全部消してやり直すこともあるし、場合によってはベーシックから録り直すこともあります。あーでもないこーでもないとダビング作業は続き、ヴォーカルやコーラスも含めた全ての録音作業が終わって、やっと「ミックスダウン」という段階に入るのですが、この時点で僕たちのアタマには今まで録音した全ての音についての情報が入っています、悪い意味で(笑)。「悪い意味で」というのは、つまり重箱の隅をつつき回しまくった状態というか、要するに客観性がゼロな感じになってしまって、それまでにやったこと、録ったものが本当に「バッチリ」なのかわからなくなってしまっているというか。このタイミングでツアーなどがあるとリフレッシュして、新鮮な気持ちで作業が再開できていいんですけど、時間がなくてすぐにレコーディングからミックスダウンに突入ということもありますね。ミックスはヒロシくんと僕が曲によって担当を決めてしまう場合と、基本的なところはヒロシくんがミックスして僕が最終段階で参加して一緒に仕上げる場合とがあるんだけど、どっちにしてもミックスが始まって作業が進んでいくと、客観的に聴けなくなる、判断に責任が持てなくなるような時というのは来ちゃうんですよね(笑)。
その、「怪傑魚さん」みたいな時というのは、ヒロシくんはもうわけがわからないくらいミックスに没頭してて、でもあとちょっとのところでどうしてもできあがらない、「もうわからーん!」てなって、僕が呼ばれるんです。僕はそれまでの、ヒロシくんが悩んだりしていた経過とかは何も知らないから、先入観もなく客観的に聴けて、「あー、このパートの音量がでかい」とか「なんか演出が過剰なんじゃ?」とか、言いたいことを言う。そうするとヒロシくんが、「あ、なんだ、そんなことかー!」と、できあがる。もうヒロシくんが何日も時間をかけて詰めるとこまで詰めてる状態だから、ほんのちょっとしたことでパズルがパチッてはまるみたいにできあがるんですよ(笑)。聴き比べてもわからないかもっていうくらいの微細な違い。でもミックスの最終段階という局面では、それだけのことで全体から感じる印象が変わったりもするんだけど。
『land of music』ではヒロシくんは熊本の阿蘇でミックスしていて、東京から簡単に行き来できないので僕は作業の終わり頃に数日まとめて行くことになりました。2曲くらい、たぶんヒロシくんが一人できっちり追い込み過ぎてて優等生ぽいミックスだったので、僕にぶっ壊し命令が出されて(笑)。「ぶっ壊し命令」というのは、整いすぎてひっかかりみたいなものがなくなってしまった時に出る命令で、ちょっとどこかに気になるところを創ったりとか、あえてバランスをくずしたりすること(笑)。ドキュメンタリーDVDにもそのシーンが入ってるけど、1曲、本当に完璧なミックスがあった。聴いてみて何も言うことがない、直すところがないってやつ。何の曲かは見てのお楽しみで。


―――今回のボックスセット『land of music "the Rising"』の中のライヴDVDは、ライヴ映像を編集した宮崎幸司監督のインタビューによると、山口さんや魚さんが編集進行中のライヴ映像を見て、「この映像になら音も再度ミックス〜マスタリングをしたい」と、さらに音にもこだわってミックス作業を踏み込んでいったそうですね。


細海魚 ライヴDVDの再ミックス、再マスタリングは、ライヴDVDの編集の進行だけじゃなくて、平行してやってたドキュメンタリーDVDの内容や、SEや新たにDVD用に作ったBGMとか、あとパッケージも! そういうプロジェクト全体から感じた何かにみんなが反応して、誰が言い出すともなくもっと高い到達点があるんじゃないかという気運に支配された結果という感じです。
徹底的に細部を追い込むことで、全体のうねりみたいなものが見えたというか、浮かび上がってきたというか、それで自分たちのやるべきことが見えたという感じです。
アルバム・リリースがあって、ツアーがあって、それ以外にもいろいろあれこれあって、ある程度の時間を経て最終的にこのパッケージにまとめるという一連の作業には、創る側だけじゃなくて聴いてくれた人も含めた『land of music』に関する大きな全体、俯瞰でしか把握できないヴァイブのようなものを体験する感じがありましたね。
ライヴDVDのための最初のマスタリングは、映像を常にシンクさせながら、つまり映像を見ながら作業してたんですけど、映像の編集が進んで再度マスタリングしようということになってからは、もう映像の流れはだいたい頭に入っていたので、細かい編集箇所の作業以外は映像を見ないで、音だけに集中して作業してたんです。そうしたら映像を見ながら聴いた時とはまた違った音――別の景色――が見えてきた感じがして。それが何かは言葉ではうまく説明できないんだけど、アルバムを創った時ともライヴで演奏してる時とも別の印象があった。それでヒロシくんにそのことを話したら、彼も同じような感覚を持っていて、それで音だけでも聴いてもらいたいということで、ライヴCDもパッケージに追加することになったんです。