「CDや演奏などの形で市場に並ぶ音楽は、表現者にとってりりしい顔をしたひとつの結果にすぎません。が、本当はその背後に潜む、汗と笑いと涙の詰まったプロセスこそが面白かったりするんですよね」下山ワタル


―――2枚のDVD、2枚のCDの他、このボックスセット『land of music "the Rising"』に内包されているのが、約25万字、228ページからなる、山口洋、2005年1月から2006年12月までのダイアリーをまとめた本「Days of "land of music"」。
本文のデザインと編集は、『HEATWAVE 1999-2000』(2001年)、『The Rock'n Roll Diary, 2001-2002』(2002年)などの本や、アルバム『日々なる直感』(1999年)、『LONG LONG WAY -1990-2001-』のジャケットを創ってきた編集者+デザイナーコンビが手がけています。
編集を担当した杉山敦さんにまず質問ですが、これはwebに連載中の「ROCK'N ROLL DIARY」と違いはあるのですか?


杉山敦 基本的には同じです。ですが、webで一画面一画面、追読していくよりずっと、本ならではの読みやすい編集、デザインをしています。
山口洋の日記を本としてまとめたいという気持ちはずっと持っていて、最初に創ったのが1999年にアイルランドについての記述だけを集めた通称アイルランド本、「The homes of Donegal 1998-1999」です。この年、僕とデザイナーの下山ワタル君はアルバム『日々なる直感』のジャケット制作を担当しました。撮影場所は最終的に山口洋の心の故郷と言えるアイルランドに決まったのですが、航空券の手配から、デザインのアイデアや歌詞、クレジットの校正などの膨大なやりとりの間に、彼を魅了するアイルランド(その時点で山口さんの彼の地への渡航回数は10回を越えていた)に関する文章だけをまとめて一冊の本にしたいと考えました。アイルランドという、僕らにはまだ馴染みが薄い国の音楽、文化、人を愛した、ひとりのミュージシャンの紀行作品としても、ヒートウェイヴを知らない人にも楽しんでもらえると思います。
2冊目は2002年にまとめた「The Rock'n Roll Diary, 2001-2002」。僕は山口洋を希有な文才を持つミュージシャンだと思っています。だからwebをチェックしているヒートウェイヴ・ファンだけでなく、ひとりのミュージシャンの日記文学として読んでもらえるよう、今回もそうですが山口さんと何度もやりとりをしながら、原文をそのまますべて載せるのではなく、本ならではの編集をしています。特に今回の「Days of "land of music"」は、既存の音楽業界のシステムに背を向けて新しい方法でアルバムを創った2年間の記録です。もちろん平坦な道ではなく葛藤や逡巡もあった。でも、音楽がある場所に到達する。この「航海」は、ヒートウェイヴ・ファンだけでなく、ミュージシャンだけでもなく、表現を目指す人たち、新たな方法で壁を乗り越えようとしてる人たちに強い共感と希望を与えるものだと思います。それは国境をも越えると思うので、海外の、例えばビート・ジェネレーションの詩人や作家たちが集ったサンフランシスコのシティライツ・ブックストアにも、いつかこの英訳本が並べば、と夢見てるんです。
このボックスセットが納品された日、ライヴDVDも手がけたアート・ディレクター渡辺君と、ドキュメンタリーDVDの担当越智君と、埼玉の納品地から都内まで車で一緒に帰ってきたのですが、その車中、「ドキュメンタリーDVDとライヴDVD、そしてこのダイアリーをどの順番で見るのが正しいのか」という話になり、それぞれがそれぞれの担当作品を一番先に推してたのが面白かったです。僕はもちろん、まずこのダイアリーで『land of music』完成までの日々を、山口洋の言葉で時系列的に読んで追体験してほしいです。それからドキュメンタリーDVD、ライヴDVDをどうぞ(笑)。ライヴCDはダイアリー再読のBGMに『land of music』、『made in ASO』と合わせてどうぞ。
山口さんはこのセットを〈「とんかつ定食」に例えれば、ごはんとおしんこ、味噌汁、キャベツにカツ、じゃなくて、カツ、カツ、カツ、カツ、カツみたいな作品さ〉と言っていたけど、実家が魚屋の僕から言わせれば、鮪に例えたいです。彼らは長い航海に出て鮪を釣り上げた。赤身もトロも中落ちも目玉も尾の身も全部味わってほしい。それだけ美味しい鮪です。


―――ダイアリーの制作スタッフにとっても、この本の制作過程は決して「平坦な道」ではなかったと聞きましたが、デザイン担当の下山ワタルさん、いかがだったでしょうか?


下山ワタル 実は今回のダイアリーは当初、2007年春に単独での出版が予定されていました。しかし、その制作途中で、制作スタッフ二人が「ほぼ同時に」病に倒れてしまい……。それまで病気とは一切無縁で健康体だと信じていた自分にとって、初めての救急搬送・入院をともなう病気に直面したことは正直かなりのショックでした。そのとき山口さんが、本のスケジュールよりも何よりも真っ先にぼくの体の事を心配して、こんなふうに優しい言葉をかけてくれて、ずいぶん気持ちが楽になりました。結果的に、この“the Rising”のプロジェクトにこうして混ぜてもらえる形となったのも、非常に幸福であり、感謝すべきことだったと思います。ダイアリーの中に何度も出てくる“エスポアール”という言葉が、病気という出来事を通して、他人事ではなく自分自身の痛みを伴う経験として実感できた……というか、このボックスセットの完成そのものが、ぼくにとっての「エスポアール」だったような気がします。暗闇の向こうに小さく光る、まさしく“エスポアールが咲かせた花”でした。そんな特別な思いを込めてデザインや写真のセレクトに関わりました。
CDや演奏などの形で市場に並ぶ音楽は、表現者にとってりりしい顔をしたひとつの結果にすぎません。が、本当はその背後に潜む、汗と笑いと涙の詰まったプロセスこそが面白かったりするんですよね。そのプロセスをこんなふうにまとまった形で見ることのできる“the Rising”は、とても貴重な作品でありアーカイヴだと思います。これから人生の荒波に直面するであろう30〜40代の同世代の人たちに、ぜひ観て聴いて読んで、感じてほしいです。いくつもの荒波を乗り越え続けてきたタフな先輩たちがいろいろと教えてくれるでしょう(笑)。