「音楽が金にしか見えない人間たちを繋いでいこうとはツユ思わないけど、魂入れて、モノ作ってる人間を旅ガラスが『繋ぐ』のはそりゃ『役目』だろうと思う」山口洋

撮影=山口洋

―――〈夢想するんだ。勝手に、有機的に。音楽を通じていろんな事が繋がっていくこと。俺のライヴに来てくれたなら、何故かそこに奴のジェノベ・ソースが売っていること。その日はそんなに遠くない未来にやってきそうな気がしている。〉と、山口洋2006年8月29日の日記に書いています。
最近ヒートウェイヴ山口洋のライヴ会場に訪れた人ならご存知でしょうが、会場にはCDやポストカードセットの他に、「猛々しく空を飛ぶ羽根」というジュエリーも販売されています。
そして、山口洋ソロツアー「on the road, again vol.4」宮城県白石市カフェミルトン(2008年8月30日、31日)では、「食と音楽」のコラボレーションが遂に実現しました。野菜を作ったのは、函館の「panの森」浜野夫妻。料理をし、山口洋のライヴの場を作ったのは、カフェミルトンの三浦夫妻。インタビューしてみました!
「panの森」で浜野さんはどんな野菜を作っているのですか? 野菜を作るときのこだわり、そして、その生活の中に「音楽」はどのように在るのか、教えてください。
浜野雄一郎 野菜の種類はその年にもよりますが、約40種くらい作っています。有機野菜・無農薬野菜を作っている農家のほとんどはこの少量多品目という生産方法で、今回の「land of vegetable / the eating」のような宅配ボックスを定期的に宅配する形をとっています。
今年で開墾10年になりますが、当初は「無農薬・無化学肥料、ハウス栽培も行なわず全て露地栽培」ということに強いこだわりをもっていましたが、最近はいちいち「無農薬・無化学肥料野菜です」とは言わなくなりました。理由の一つに有機JASの認定を取っていないと、「有機野菜・無農薬野菜」という言葉が使えないということがありますが、もっと大きな理由としては、始めた当時は慣行農法に対する強い不信感と差別化の意味も込めて、ことさらに「無農薬・無化学肥料!」と言ってましたが、今思うとそういうある種の対立構造を自分で作り上げないと自分の野菜を主張できない状況だったのだと思います。
当時は「草取りは戦いだ!」みたいな勢いでやってましたが、大きな間違えでした。自然相手のことなので自然と調和していくことはもちろんですが、もっと広い意味で全体と調和していくことも大事だと思うようになって来ました。
我々のような生産者の多くは、とかく「良いものを作る」ということを第一に考えて、時にそれをもっともらしい言い訳にして流通や販売ということに対しておろそかになりがちです。「わかる人だけに買ってもらえればいい」というような。
そうすると色んな壁を自ら作ってしまうので、流通や販売を通してたくさんの人と交流して「有機野菜って良くわかんないけど、年に1回位は注文してみるか」という人にも気軽に購入してもらえるようにしていきたいです。
音楽に関してはガキの頃にrock'n roll musicに出会ってから、もうずーっと常に生活の中にあるので、山口洋さんの言葉を借りれば「この毎日のためのサウンドトラック」ということです。最近の僕の場合は「日々なる処方箋」って感じになってますけど。
朝から晩まで、っていうか夜中まで配達やら発送とかで動きっぱなしなので、実際に音楽を聴くという時間は若い頃に比べると格段に少ないのですが、農作業中とかはついついお気に入りの曲を口ずさんで作業してますね。
あとは、音楽を聴いて生き延びてこれたことが少なくないので、何らかの恩返しがしたい。
―――今回、函館の「panの森」で作られた野菜が、宮城県白石のカフェミルトンでの山口洋ライヴで観客に料理されて食べてもらったことについて感想をお願いします。
浜野雄一郎 自分達が作った作物って娘を嫁に出すみたいなもので、自分達の手を離れて行って大事に調理されているかな?とか、粗末に扱われていないだろうか?とか、ものすごい心配なんですよ。
ミルトンからは実は去年も食材のオーダーを頂いてて、本当に大事に調理してくれて、いつも写真とかも送ってきてくれていたので、その点は安心していました。
山口さんも最近良く話されているけど、音楽があって美味しいお酒と食事があってていうのはすごく大事な要素だと思うんですよ。その一端を食材という所で担えたのは大きな喜びですね。
今回は美味しいって思ってくれて、欲しい人には野菜BOX「land of vegetable / the eating」(山口洋のレシピ付き)も購入できるようにしたのですが、たくさんの人からご注文を頂いて「届きましたー、毎日美味しく頂いてます」というメールもたくさん頂きました。
ただ一つ残念だったのは、私たちが忙しい時期と重なって直接ミルトンに出向いて野菜を販売できなかったので、もしまた機会があればその点は改善していきたいですね。
昨年は山口さんも草取りや苗の植え付けを一日がかりで手伝ってくれたんですが、今年はどういう訳だか畑の写真ばっかり撮ってました……どうやら自分の草取りのイケテなさに撃沈したようですけど。
あとはちょっとおこがましいけど、HEATWAVEの東京公演とかで物販の横で野菜とか並べたら面白いかなと。
ライヴが終わって、みんなのバッグから人参とか大根とかの葉っぱとかが飛び出てて、「今日はリキッドルームで野菜の即売会か何か?」「いえ、HEATWAVEのライヴです」「はぁ?」みたいな。
でもこのことは、山口さんはもう2、3年前に僕に言ってましたよ。「いつかいろんなことが繋がっていくような気がする。俺にはそれが見えている。お前の野菜がライヴで食されたり売っていたりすることがそう遠くない日にやってくるよ」と。準備が出来ていれば、その時は必ずやって来るんだということを教えられた気がします。
―――〈カフェミルトンには音楽の神様が棲んどったとです。ポルトガル語を話す神様やったとです〉山口洋が語る、宮城県白石市にあるカフェミルトン。ブラジル音楽のミュージシャンたちから大変に愛されているお店であると有名ですが、ミルトンと山口洋との出会いはどんなきっかけだったんですか? また、函館の野菜でどのような料理を作ったのか教えてください。
ミルトン・ママ ブラジル料理と音楽の店としてスタートしたカフェミルトンは、時を重ねていくうちに音楽のジャンルの垣根など自然に越えて、沖縄八重山民謡の唄者の方や、ベルギー式ボタンアコーディオン奏者の方、そして東北の民謡を歌い継ぐ地元白石の若者まで、日本の宝のような音楽家の方々が、お店で演奏してくれるようになっていました。
山口さんとの出逢いは突然やってきました。
友人が、Akeboshiさん古明地洋哉さんと一緒に山口さんをお店に連れてきてくれたんです。ご予約の昼食会の営業を終えて夜の営業までひと休み……ウトウトしていた時でした。「カレー食べさせて〜」と携帯に連絡が入って、寝ぼけ眼で2階の窓から外を眺めると、ご一行様はすでにミルトンに到着していました。夕方までの数時間、ミルトンカレーを食す人、ケーキとコーヒーの人、美酒十四代をチビチビやる人、ブラジルの木の内皮のお茶を楽しむ人、みなさんそれぞれにゆるゆると過ごしていただいたように記憶しています。
随分時間が過ぎてから、毎年お店に歌いに来てくれている沢知恵さんがいつも歌ってくれる「満月の夕」の山口洋さんなんだと気づきました。みなさんとマスターとわたしで、いろいろな音楽を聴いたりしながら楽しい時間を過ごさせていただきました。その日には、山口さんにこんなにたくさん歌いにきていただけるようになるとは夢にも想いませんでした。
あれから2年とすこしの時がながれて、今回の山口さんのライヴで「panの森」のお野菜を使わせていただきカフェミルトンでみなさんに食していただく企画ですが、私達もわくわくする楽しい経験をさせていただきました。
函館から「panの森」のお野菜たちがお店に届いたのはライヴの前日。
箱をあけると、色とりどりの野菜が顔をだしました。しっかとしたズッキーニ、ピチピチのピーマン、プリプリのトマト、男前のじゃがいも・玉葱・にんじんたち、重いほどのバジルの束を箱から取り出すと……お店じゅうにバジルの香りが広がって、私達の創作意欲に灯をつけてくれました。
まずはトマトとイタリアンパセリを使い、いつも作っているお店の定番メニューのブラジル家庭料理チキンと野菜の煮込みとご飯の「カンジャ」を作ってみました。もう1品配達お弁当の定番メニュー「にんじんと玉ネギのサラダ」も……にんじんと玉ネギをスライスしてレモン汁・塩・コショー・ココナツファイン・かつお節であえてピーマンの粗みじん切りをちりばめたシンプルサラダです。前日お店にいらっしゃったお客様に食していただきました。
マスターと相談してライヴの時に提供するのは、届いた元気な野菜たちをたっぷり使える南プロヴァンスの野菜煮込み料理「ラタトゥイユ」に決めました。ジェノベーゼの瓶の蓋をあけると、チーズが入っていないフレッシュ感のあるバジルソース! マスターが「パンに練りこんでみようか?」と言い、ラタトゥイユにバジルパンを添えることになりました。北海道の大地の恵みの王様「じゃがいもと玉ネギのサラダ」も食べてみたくなって作る事にしました。
品数はたくさんできませんでしたが、心をこめて作らせていただきました。そしてとっても楽しい時間をいただきました。「panの森」と野菜たちとミルトンの嬉しい出会いに感謝しています。本当にありがとうございました。
―――8月28日の日記を読んで、「音楽を通じていろんな事が繋がっていくこと」の実現の、まさにひとつの形だと、カフェミルトンでのライヴに行ける人をすごく羨ましく思いましたし、今後、野菜以外にもいろんな形でツアーに参加したいと立候補してくる人が出てきそうですね。三重の「月の庭」の料理も先日ある雑誌に大きく取り上げられていましたが、食事は演奏を楽しむ際に重要な要素ですよね。また、このような繋がりを作ることも「ギターを持った渡り鳥」の素晴らしい役目ですね。
山口洋 まぁ、俺は云うだけだからねー。野菜を作ってるわけでも、料理を作ってる訳でもないから。俺、一回は自分でやってみないと気が済まないタチなんだけど、野菜は草取りを手伝って「こんなに大変なのか」と撃沈。ミルトンじゃ、むしょーに皿洗いたくなって、やってみて「こんなに大変なのか」とまた撃沈。そうそう三重の「月の庭」じゃ、店主の兄弟マサルと開墾して、その日のうちに撃沈。
やってみると良く分かる。行動するのは大変なことだって。でも、それは音楽だって同じことで、「大変だー」って云ってるのは好きじゃないのね。だって、好きなことやってんだろって思うしさ。ヘラヘラしながら、見る前に跳んでたいのよ。
音楽が金にしか見えない人間たちを繋いでいこうとはツユ思わないけど、魂入れて、モノ作ってる人間を旅ガラスが「繋ぐ」のはそりゃ「役目」だろうと思う。だって、彼らは物理的に移動できないけど、俺は出来るんだもん。旅を通じて、本当にいろんな人間に会うんだけど、同じ時代にほぼ同じような意思を持って、生きているなら、ほぼ同じ問題に突き当たってるんだ。でも、それを何とかしたいのなら、本当の意味での「連帯」ってのは「これ、うめー」とか「ここで聞くライヴ、さいこー」とか、心の底から踊りながら、ヘラヘラしてることだと俺は思うんだよ。それって、ハピネスの原型でしょ?
今回のツアーでもね。俺、歯が痛くて、歌えそうになかったのよ。そしたら、旅先で、音楽好きの歯医者さんが治してくれた。音楽好きの歯科衛生士さんが、歯磨き指導してくれたんだ。ほんとだよ。俺が思う、プロってのはすごい人たちだよ。この国は目に見えにくいところで、マンパワーは実はすごいんだって、実感してるよ。リーマンブラザーズが崩壊して、一喜一憂してる人たちだけじゃないんだよ。
どこかのハコでさ、係員に命令されてさ、強制的に検尿みたいなコップでビール飲まされてさ、そんな光景よく見るでしょ? そこでもいいライヴが行われることはあると思う。でも、決して、それは「文化」にはならないと思うんだ。俺たちもバンドでやる時には、もう少しデカイ規模になる訳だから、地方を廻って、学んだことをそのフィールドにフィードバックしたいと思ってるんだにゃー。夢想すんのはタダだしね。難しいけど。
音楽がこのような状況に追い込まれてんのは、業界が目先の金のことばかり考えて、若年層にすぐ忘れ去られるような音楽を売ることに夢中になって、リスナーを育ててこなかったことにあると思ってる。サッカーだって何だって、ユース世代を育てなきゃ、未来がないのと同じだよ。そんな意味じゃね、地方のハコには、子供が飲んべえの親に連れられてやってくるんだよね、ライヴに。親が飲んでる間に子供は宿題してたりするんだって。あはは。楽しみだねぇ。モンスターが育たないことを祈る。
山口洋 ソロツアー 「on the road, again vol.4」全公演スケジュール
http://d.hatena.ne.jp/theRising/20080624/1214323802