「カフェ・ミルトンのある白石はね、蔵王の隣町なんだ。熱心なファンなら知ってると思うけど、蔵王の廃校になった小学校で、僕らは昔レコーディングをしてた。あのエリアには何かがあるんだよ。僕の心を打つものが」山口洋

―――再び、詩人、長田弘さんの言葉を引用させていただきます。〈旅の経験を決めるのは、じつは旅そのものではなく、旅のあとの話だ〉という言葉です。だから、長い旅の結実であるはずのライヴアルバム『Live at Cafe Milton』が届くまでの間にもう少し、旅の話を聞きたいと思います。
ヒートウェイヴ『land of music』というアルバムの中には「それは君の心の中にあるはずさ」というフレーズがあります。「確信」とも「希望」ともとれる微妙な語尾ですが、2006年2月から昨年12月まで続いたソロツアーで、「land of music」という言葉に作者自身の思いが変化したかどうか教えてください。
山口洋 うん。都会に居ると情報が多すぎて見えなくなるものが、小さな街に居ると見えてくることがある。例えて云うなら、都会のハコで「お、AXでライヴがあるから、明日行こう」ってことは皆無だと思う。でも、地方では「あのハコがやってるライヴだから、行ってみようか」。そんな事がままあるんだ。そうやって、僕は小さな街でたくさんの人に出会った。えてして、その手のハコには老若男女が集まるんだ。大人から子供まで。まるで公民館とか、良き時代のお寺とか、アイルランドで云えば、パブみたいに機能している。
小さな街の多くはヒドい経済状態に陥っている。それでも、人々は音楽を求めてやってくる。それが僕をどれだけ励ましたことだろう。もちろん、嫌な想いをしたこともあるし、独りで旅を続けるのは辛いこともあった。けれど、今僕が手にしている「実感 - land of music - それは君の心の中にあるはずさ」は願望から確信に変わったんだ。
それを今後どう繋げていくのか、考えてるところ。この数年、僕はあまりにもドメスティックに活動しすぎた。パスポートも切れてた。そして僕には「偉大な」バンドがあるんだ。この旅でもらったものを、繋げていくから、それを観ていて欲しいな。
―――街から街へ移動して、人と会い、歌い、毎晩違うベッドで眠る。楽器を満載にした車とバンド、スタッフと一緒のツアーではなく、「ギターを持った渡り鳥」という身軽なひとり旅だったからこそ行くことができた会場もあったと思いますが、DiYなツアーならではの苦労もきっとたくさんありますよね。3年間のツアーの経験値で以前よりスキルアップしたことを教えてください。もうひとつ、このblogでのインタビュー・シリーズでは、各地でのライヴ主催者に、音楽のある場所を創る喜びを訊いてきましたが、「渡り鳥」にとってのツアーでの最大の喜びはどんな瞬間なのかお聞かせください。
山口洋 うん。まずは荷物を極限まで減らすことだね。どこかの街でギターのペグ(糸巻き)が壊れたときは、本当に慌てた。それでもライヴはやったけどね。我ながら、あれは神業だったな。俺は思うんだ。昔はたっくさんギターを持ってた。博物館を作れるくらい。でも、もういいんだ。世界に誇るヤイリのヒロシ・モデル。後は俺のマシンガン、グレッチ一本。
旅を続けてるうちに、生き方がシンプルになった。モノはもういらない。欲しいものは何もない。あ、ごめん、愛は必要だ。 最大の喜びは観客の笑顔だね。あれがなけりゃ、もう止めてると思うよ。僕を必要としてくれるのなら、何処にだっていくさ。
―――失礼ながら、ツアーのリストを見ても会場名どころか町の名前も知らなかった場所が、"on the road, again"ではいくつもありました。偉大なる先達、友部正人さんもインタビューで、「必要なのは場所よりも聞いてくれる人です。聞いてくれる人がいて、その人たちが喜んでくれるのなら、ぼくはどこにでも歌いに行きます」と答えていましたが、初めて訪れた場所でもそうやって喜ばれて好きになると、何度でも再訪したくなりますよね? 今回のライヴ盤がレコーディングされた宮城県白石市のカフェ・ミルトンもそんな店ですね。
山口洋 この世に意味のない街なんかない。意味のない人間が居ないように。僕がどうしても好きになれないのは六ヶ所村の人工的な集落とラス・ヴェガスだけだよ。自分の足で移動すると、その街の成り立ちとか「必然性」が必ず見えてくる。
八重山から北海道に飛んだら、本当に同じ国だと思えないよ。アメリカは一日に1600キロ移動しても、そんなに変わらないけど。この国は30キロ移動しただけで、言葉も食べ物も微妙に変わるんだ。本当は歴史のある豊かな国だよ。
カフェ・ミルトンのある白石はね、蔵王の隣町なんだ。熱心なファンなら知ってると思うけど、蔵王の廃校になった小学校で、僕らは昔レコーディングをしてた。あのエリアには何かがあるんだよ。僕の心を打つものが。実は蔵王町にある歯医者さんで、僕のボロボロの歯を治してもらってるんだ。通うのさ、東京から400キロ離れたところまで。バカじゃねーの?って人は云うけど、僕はそうは思わない。彼らは僕が出会った歯医者さんの中で一番のプロフェッショナルで、地域に根ざしてる、その態度に惚れたんだ。赤ヒゲ先生なんだよ。
だから、彼らに全てを任せた。彼らにもね、旅の途中で会ったんだ。明日は仮歯を入れてもらいに、また行くんだ。あはは。
インタビュー 続く