「ミルトンは貨車で出来てる。貨車は音楽の響きのために作られてはいない。おまけに建物自体もシンメトリックな作りではない。そこにパツンパツンにお客さんが入ってる。しじゅう、薪ストーブがパチパチ音を立ててる。でも、だよ。いい音ってものに具体的な基準はないんだ」山口洋


蔵王、2001年。撮影=山口洋

―――かつて自分のラジオ番組で「歯医者で聴きたい歌特集」なんて企画をやってたとはいえ、まさか蔵王まで歯医者に通うとは思ってもいませんでした。というわけで「虫歯を持った渡り鳥」に中断されたインタビューの続きです。
前回、宮城の蔵王、白石に行ったのは今年2月のライヴだそうですが、4月の蔵王の景色は春に変わってましたか?
山口洋 虫歯じゃないのよ。俺の場合。ボロボロなのよ。このまま行くとポーグスのシェーンみたいなる運命だったのよ。シンガーのくせに「サ行」の発音が難しくなってたの。これじゃいかん、と。で、今、前歯に仮歯が四本入ってて、今度は隙間がなさすぎて、「サ行」の発音のリハビリをしてるんだ。「ロックンロール」って叫んで、総入れ歯が飛んで行ったら、いくら何でもシャレにならないじゃん? それを英知と技術と情熱を結集して、救ってくれた人たちが居たって訳。感謝してるよ、って、これ何のインタビューだよ。な、訳で蔵王を観る余裕、まるでなし。
―――パスポートの更新が切れるまでは、つまりこの数年間のドメスティックなツアーの前は、時間を作り出してはアイルランドのドニゴールに出掛けていましたよね。国内とはいえ、宮城県白石のカフェ・ミルトンで歌ったのは2007年冬から2年間ちょっとの間にもう9回。今月はさらに2回、ミルトンのイベントに出演します。アイルランドを越えるペースです。しかも、そのツアーの最後にカフェ・ミルトンを選び、ライヴ盤を作った。ここで、ライヴ盤を録ろうと思ったのは、どんな理由からですか?
山口洋 俺ね、本当にくどい性格だと思う。旅でもさ、ツアーで名所を廻ったら、それでいいって人もたくさんいるじゃない。それを否定はできないじゃない。でも、俺の場合、まずアンテナに引っかかる場所は自分で探さなきゃ気が済まないし、引っかかったら、とことん通い続けて、嫌になるくらいその土地と人に関わらなきゃ、気が済まないのよ。さらり、と旅が出来ないんだなぁ、人生に於いても。でも、自分の直感を疑ったら、終わりだと思うのよ。そこには絶対何かがあるんだもん。知りたいんだもん(子供か、俺)。
ミルトンには音楽の神様が居る。それは「継続する情熱」と街のオーディエンスが作り上げたものだよ。でも神格化はしない。厳しい現実もある。矛盾も、現実も希望も全部ひっくるめて、それを盤にパッケージすることで、伝えたいことがあったんだ、俺には。聴く人それぞれに受け取り方が違うと思う。それでこそ音楽だと思う。だから、敢えて説明はしたくないんだ。
―――『land of music "the Rising"』ではライヴDVD、ライヴCDも収録していますから、ライヴ・レコーディングというのはミュージシャンにとって格別に大変なことではないのかもしれませんが、前作が東京のLIQUIDROOMというライヴに特化した会場だったことに比べて、カフェ・ミルトンでレコーディングを行なうということは、録音用の機材を運んだりと、それまでのソロツアーでのようにただギターを持っていくだけというわけにはいかなかったでしょう?
山口洋 うん。だって、ミルトンは貨車で出来てる。貨車は音楽の響きのために作られてはいない。おまけに建物自体もシンメトリックな作りではない。そこにパツンパツンにお客さんが入ってる。しじゅう、薪ストーブがパチパチ音を立ててる。 でも、だよ。いい音ってものに具体的な基準はないんだ。『made in aso』を作ったときに雷が落ちるわ、虫は鳴くわ、自然現象を僕がコントロールできる訳もなく。でもね、愉しかったんだ。その作業が。自然の音と響き合うのが。
そんな意味での「いい音」が出るんだ、この場所は。音楽の神様が下りてきてくれたら。
ただし、その音を「録音」するのは難しいし、ミキシングも、困難な作業だった。
マスタリングしてくれた魚、デザインしてくれた圭一、手前味噌だけど、俺たちはそれだけのスキルを積んできたと思う。 多分1.5メートル前で僕が歌ってるように聞こえるはずだよ。
―――ライヴ盤『Live at Cafe Milton』の収録曲が発表されているので、一曲一曲、質問していきたいのですが、その前にもうひとつの「メニュー」についても興味あります。昨年夏の、函館「panの森」の野菜とカフェ・ミルトンの料理があまりにも美味しそうだったので! 今回のライヴが行なわれた2009年12月の二晩、どんな料理が饗されたのですか?
山口洋 ごめん。もう覚えていない。でも、マスターの作る白菜のスープが 絶品でね。
アルバムを完成させたら、食べさせてくれることになってる。
(インタビュー 続く)