「特設サイトでレビューを書いてくれた長谷川さんが「このライヴ盤には温かさがある」みたいな事を書いてくれたんだけど、実のところ僕にはあまりその感覚はない。ある種の緊張感というか、キリリとした空気というか、それがこの時代に向き合うのには必要なんじゃないかって思ってる」山口洋

―――WBCの投手の投球数制限を見て、先発完投を目指す野球は完全に時代遅れのものになったなあって思いました。マラソンだと、どんなレベルのランナーでも完走タイムを想定してペース配分を事前に組み立てます。ステージに立つときもきっとそうですよね? 序盤、中盤、終盤、フィニッシュ。ソロのライヴでは途中でリタイアも許されないのでマラソンよりもずっと厳しい状況だと思いますが、ライヴでは、そういう意味での「配分」、選曲はどの程度まで事前に組み立てているんですか?
山口洋 ソロのライヴはね、まずその街に到着したら、カメラを持って、散歩したりして空気を感じる。
リハーサルはほんのサウンドチェックだけで、楽屋に帰って、(今までに書いた全部の曲のリストを持ってるんだけど)その日の気分で曲の候補を紙にたくさん書いておく。で、ステージに上がったら、客席や自分の調子に合わせて、曲を選ぶ。そんな感じ。
自分の思い描いたペース配分とか、理想とか実はないのね。俺。その通りに事が運んだらぜんぜん面白くないし。あちゃーってことも良くあるんだけど、それをどう立て直していくかってところも面白いし。いつも体調がいい訳じゃないし。
野球で云うと、松坂って、調子が悪いときも、自分で修正して投げきるじゃない。去年、レッドソックスの開幕戦を観させてもらったんだけど、初回はほとんどストライクが入らなかったのね、でもちゃんと修正して、試合を成立させんの。プロだなぁ、と感嘆したよ。独り相撲にならないんだよね。それゆえ、球数が多い。俺も。
音のことで云うと、前の日の会場とあまりに、響きが違う場合、お客さんが入って、リハーサルとはまったく響きが変わってる場合。苦労するねぇ。その中で響かせるのは。
真冬に厚着のお客さんが満員で、って時はまったく音が伸びなかったりする。そんな時は敢えて力を抜いて、優しいタッチに修正すると、音が伸びて行ったりするんだよね。だから、選曲もそのようなものになる。力んでストレート投げたら、自滅するんだ。って答えになってる?
―――収録曲について訊いていきたいです。「夜の果てへの旅」は、1998年のアルバム『月に吠える』に収められた曲。フランスの作家、セリーヌに同名の小説がありますが、“世界が何度自分の手をすり抜けても 夜の果てへと旅を続けてゆくだけだ”というフレーズは、ヒートウェイヴに通底するテーマであり、このツアーをも象徴してるように思います。
山口洋 ヘンリー・ミラーセリーヌって特別に好きなのね。筑紫哲也さんの言葉を借りれば「少数派で居ることを怖れるな」って。ある種の人にとっては、まったく必要のないものなんだろうけど、僕にとっては、日々と云う暗闇を照らすヘッドライトのようなものだった。
その曲は97年に書いたんだと思うけど、「その感覚」は未だにあるんだよ。次第に形を変えながら。引き続き。だから、たまに歌うんだ。
特設サイトでレビューを書いてくれた長谷川さんが「このライヴ盤には温かさがある」みたいな事を書いてくれたんだけど、実のところ僕にはあまりその感覚はない。ある種の緊張感というか、キリリとした空気というか、それがこの時代に向き合うのには必要なんじゃないかって思ってる。
―――「風の強い日」を聴くと、実際に厳冬で、強風の中で撮影された、同曲が収録されたアルバム『日々なる直感』のジャケットを思い出してしまいます。
このライヴ盤では、ソロライヴなのにギターの音が2本聴こえます。そのマジックを解説してください。
山口洋 この日、本当に風が強かったんだ。本当だよ。
ギターの音が二本聞こえるのはね、「ちびヒロシ」って機械を使ってるから。「ループ・サンプラー」みたいなものなんだけど、4小節とか、まずは演奏して、その機械にループさせる。その上にギターを重ねるってやり方。たまにそうやって変化球投げないと、自分が飽きるんだ。
(インタビュー 続く)