人は永遠にやり直しながら生きていくんだと思うよ。(山口洋)


―――1995年といえば、阪神・淡路大震災、オウムによる地下鉄サリン事件が起こり、“どんな気がする? この時代に正気を保つのは”というフレーズの通り、「終わりのはじまり」の最初の兆候を強烈に印象づけられた年でした。ヒートウェイヴがこの年8月に発表した、その名も『1995』というアルバムのセルフライナーに作品の背景も詳しく書かれていますが、新たにいくつか質問させてください。
「荒野の風」や「地平」については、『Live at Cafe Milton』のインタビューで、それがこの時期のネヴァダアリゾナへの旅の結実だと読み取れます。『1995』にはこれまで故郷の福岡や東京で見てきた景色の他に、神戸や広島の歌が描かれています。特に「満月の夕」は14年がたったいまも普遍的な響きを奏でています。ヒートウェイヴにとっても新たな視点を獲得し、新たな一歩を踏み出した、「1995年」でしか創りえなかったアルバムだと思います。2009年の現在、ふりかえってみて、“何度でも 僕はやり直す”(「オリオンへの道」)、この言葉はいまでも有効ですか?
山口洋 あはは。鋭いねぇ、その質問。人は永遠にやり直しながら生きていくんだと思うよ。「オリオンへの道」とか「満月の夕」とか、歌の方が当時のオレより先を歩いてたんだって、この頃思うんだ。最近はそれらの曲を歌いながら、歌の風景に励まされて、オレはまたやり直してる感じなんだよ。ヘンな感覚なんだけどね。
この作品で、バンドはようやくホリスティック・ヴュー(全体的な視野)を手に入れ始めたと思う。それは音楽を通じて世界中を旅したこと、自分の心象を旅したこと。それがデカかったんだろうね。今、思うと。
そして、1995年は俺たちの世代にとって、まさに『1Q84』だった。本当に不気味な年だったよ。死ぬまで忘れないだろうね。でも、例えばオウムは人ごとじゃないんだ。オレには幸いにして音楽があったから、ああならなかっただけの話でさ。
―――アルバムの中で「BRAND NEW DAY/WAY」と「オリオンへの道」の2曲を、佐野元春さんがプロデュースしています。それまで「プロデュースされる」ことに無縁だったと思いますが、この経験は、「BRAND NEW WAY」(=新しい道)をその後のヒートウェイヴに与えてくれたものでしたか?
山口洋 「再生」ってテーマをオレが表現するには手に余ったんだ。だから、佐野さんのところに直談判に行ったんだ。最近、佐野さんにこう云われたよ。「山口、久しぶりにあれらの曲を聞いてみたんだ。俺たちは間違ってない」って。
プロデューサーとして、彼から一番学んだのは「encourage」(=励ます)ってことだね。例えばブースに一人で入って歌を録音するってのは、あまりに孤独な作業なんだよ。ときどき、表現できなくて、この世から消えてしまいたくなる。そんな時の「励まし」にどれだけ力をもらえるかってこと。そんな意味で、オレは無限の励ましを受けたよ。それはずっとオレの胸の中にある。
―――このアルバムで初めてタッグを組むことになったデザイナーの駿東宏さん。セルフライナーでは「彼程エナジーが溢れている男はいない」と紹介していますが、この後も続いていく駿東さんとのプロジェクトも含めて、その「溢れている男」ぶりがわかるエピソードをなにか教えてください。
山口洋 初めて会ったとき、多分1時間くらいかな。彼は58分30秒に渡って、「ヒートウェイヴをどうデザインするかについて」語ってたよ。溢れてるでしょ?
彼が凄いのはね。ローリングストーンズから、今オファーが来たとしても、即座にそのアイデアを一時間に渡って語れるところ。そんなデザイナー、滅多にいないよ。だから、このアルバムに関してのデザインは全て任せた。何も云わなかった。
―――この年の12月20日渋谷公会堂で行なわれたヒートウェイヴのワンマンライヴが2枚組でCD化されて、今月のツアーで販売されることが発表されました。あのときは「なぜ年末のこの立て込んでる時期に!?」と思う日程と会場の規模で、僕も仕事かなにかで行けなかったライヴなので楽しみです。曲順もライヴの通りなんですか?
山口洋 ヒートウェイヴ史上、最初のホールツアーだったんだよ。「空席以外は満席」って云うね。
『1995』ってアルバムを出した以上、「1995」年にどうしてもそれをやり終えたかったんだ。そして、ずっとバンドを支えてきた(渡辺)圭一が居なくなって、オレはどうしていいのか分からなくなった。このアルバム(『1995』)をもって、ソニーとの契約も終了した。事務所も辞めた。オレはタダの無職の30歳になったのさ。だから、どうしても全てをやり尽くしておきたかった。そんなライヴだよ。
このライヴにはいいとこも、良くないとこも、すべて入ってる。さすがにMCはカットしたけど、曲順通りにすべての曲が収録されてるよ。
このタイミングでそれを出したのはね。この時期があって、今のオレたちがあるからさ。2枚組でできるだけ安い価格で、楽しんで欲しかった。「作品」と云うより「記録」だよ。
(※続きます)