「長い旅路の果てに辿り着いたのは、何てことはない、バンドを始めた頃に、初めてレコーディングスタジオに行った時と同じ方法だったのだ」


―――アルバム『柱』(1990年)でのちょっと信じがたい福岡でのレコーディング・エピソードから始まり、蔵王の廃校を改造した建物でのレコーディング(2000年)など、常に新しい音楽の創り方を模索しているヒートウェイヴ山口洋。最新アルバム『land of music』の制作過程は、映像作家・越智望さんが密着した映像がボックスセット『land of music "the Rising"』収録のドキュメンタリーDVDで見ることができ、その2年の日々は同ボックスに収録の約25万字にも及ぶ山口洋のダイアリー本で読むことができます。
この『land of music』のレコーディングについては、2008年2月11日付けの山口洋の日記にも記されていましたので、以下に転載します。ドキュメンタリーDVD「Searching for "land of music"」のサブ・テキストとしてお読みください。

 「land of music / the Rising」を観てくれた何人かのミュージシャンからの質問。「本当にあのような状況で、せーので録音してるんですか?」。応えは「yes」。長い旅路の果てに辿り着いたのは、何てことはない、バンドを始めた頃に、初めてレコーディングスタジオに行った時と同じ方法だったのだ。その頃と違う事と云えば、テクノロジーが進化し、あの莫大な金が必要だった機材を比較的安価に入手できるようになったこと、それを自分の好きな場所に運搬して使えること、最後に、経験の末に、エンジニアを雇わなくても、自分たちで、それをミキシングできるようになったこと。俺たちはバンドだ。だから、リズムトラックから構築していくような作り方はしない。歌を別録りで、何度も歌って修正するような事も殆どしない。メンバーは何よりも俺の歌に「即座」に反応してくれている。だから、「せーの」で録音するのに勝る方法はない。その代わり、ミキシングには時間をかける。途方もなく。「瞬間」をパッキングして、それがエバーグリーンなものになるまで、延々試行錯誤を繰り返す。
 ヘッドフォンを装着せずに、歌っているシーンでは、自分の歌を聞くために、小さなPAから音が出ている。それをメンバーも聞いている。可能な限り、我々4人は同じ部屋に居るようにする。それは近代のレコーディングではタブーだとされている。音がおのおののマイクに干渉するからだ。けれど、我々は音の干渉よりも、人間のダイナミクスの方が大事だと考える。先日、敬愛するダニエル・ラノアが自身のスタジオでレコーディングしているドキュメントを観たのだが、規模さえ違えど、ほぼ同じやり方をやっていることを嬉しく思った。つまりはその時代に「定石」だと云われている事を疑ってみることだ。いつまでも音がまとまらないバンドのキューボックスを観てみるといい。必ず、自分の音が異常にデカいミックスになっている。そりゃ、まとまるはずがない。我々は全員がほぼ同じ音を聞いている。そりゃ、そうだろ? だって、ひとつの世界を描こうとしてるんだから。自分の感覚が「否」だと感じたなら、納得するまで試行錯誤を繰り返した方がいい。長い旅路の末、沢山のビンテージものを使い倒した末、俺の声に一番合っていたマイクは、どこのリハーサルスタジオにも転がっているSM58と云う、とんでもなく安いマイクだった。本当だよ。あれは素晴らしいマイクだ。俺にとって。俺のギターに一番フィットするマイクはSM57と云う、これまたとんでもない安いマイクだった。でも、そいつは素晴らしい音がする。ちょっとだけ気を使えばね。そんな事も含め、「the Rising」に描かれている世界には誇張も何もないのです。楽しんで下さい。
 
by 山口 洋